包丁一本さらしに巻いて

マーケティング素人のエンジニアが1年間マーケティングをやった際に読んだ本

自分は外資コンサルのSI/業務側で5年、ソフトウェアエンジニアとして5年、マーケティング+経営領域で1年仕事をした(ソフトウェアエンジニアリングからマーケティングに移った経緯)。特にここ一年、今まで体系的に学習したことがないマーケティング領域で仕事をしており、とにかくわからない事だらけだった。バンドルカードというプロダクトを1から作っている為、ユーザーインタビュー/仮説立案/属性別リテンションレート/運用型広告等、めちゃくちゃ基礎的な部分に関してはソフトウェア書く人間ではあったがある程度学んではいたし、スタートアップという業界柄paulg、cdixon、sama、peterthiel, a16z、等が出力する良質なコンテンツは適宜読み込んではいた。(paulgのessayは多分全部読んでる)

ただ、「マーケティング」という単語を出されると「それは…あの…具体的には一体なんですか?」という感覚が継続していた。これではいかん。こんなホットで面白い領域の責任者やるなら楽しまないと損だし、自分がプロフェッショナルとして仕事を為す領域の事を知らないというのはそもそも耐えられない。加えて、カンムという優秀なチームのリーダーの一人として、圧倒的な結果を出す責任があり、「あいつの下になんてついてらんねぇよ」という思いを一瞬でもメンバーにさせたくないという強い思いがある。

観察し、実験を繰り返し、学び、楽しみながらも、強くあらねばならない。

前提

とても大切な前提として自分が担当しているプロダクトはまだ俗に言う「大成功」はしていない。なので自分が考えている事が大いに間違っている事は余裕でありえる。事実、自分が考えて打った施策で大当たりしたものはまだない。良いプロダクトを作り届けたいと思いながら仕事をしている人間がやってきた事、くらいに捉えてもらえると丁度いいと思う。

また、自分は大企業でFMCG(Fast Moving Consumer Goods)を取り扱うマーケティングをしているわけではない。あくまでカンムという社員数30名以下レベルの会社で、バンドルカードというプロダクトのマーケティングを担当している人間であることは大きな前提として存在している。

合わせて、今のカンムではマーケティングチームが既に存在しており、運用型広告、CRM、PR、それぞれに優秀な担当が1名ずつついている。自分の担当としては全領域の壁打ち役/レビューアーという側面と、各種定性/定量情報を内外から取得/提示し仮説立案、検証、プロダクト/コミュニケーションにフィードバックしていくというものだ。SQL書いてるか、アンケートツール触ってるか、ユーザーインタビューしてるか、Google Spreadsheet見てるか、esa書いてる。あと少しGo書いてる。また、バンドルカードのTVCMに関してはチームリードとして最終意思決定者として仕事をしていた(これに関しては別途振り返り記事書きたい)。

前置きが長くなってしまった。以下に書くのはこの1年で読んで良かった本とそれに対するコメントになる。カテゴリ別に分けてはいるが、各本オーバーラップする部分もかなりあるので、目安程度に思ってもらえればいいかと思う。もし同じように他領域から移ってきて、この広すぎる領域に戸惑いを感じている人の参考になれば幸い。

とにかく一手目を打つ

2018年時点で既にバンドルカードはリリースされており、自分がマーケティングを担当することになってとにかく藁にもすがる思いで手に取り、これは良いと思った本3冊。デジタルプロダクト文脈での本ばかりではあるけど、3冊読めばデジタルプロダクトであるという特性を活かし各チャネルに適した作戦を立てるベースは理解できると思う。

トラクション ―スタートアップが顧客をつかむ19のチャネル

自分が最初に手にとったマーケティング関連の本。読んだ理由は会社に置いてあったから。タイトルにスタートアップと入っているが、プロモーションチャネルを網羅的に列挙し、それぞれのチャネルにおける成功事例を挙げて説明しており、デジタルプロダクトであれば会社の規模関係なく参考になる。この本を読みながらチームで108の施策というSpreadsheetを作り、チャネル別に案だしを行い、優先順位つけてひたすら実行していた時期があった。今思い返すと当たり前なんだけど、特にこのタイミングで知れてよかったのは「各チャネルは必ず枯れる。継続的にチャネルを探索していける仕組みをチーム内に作ることが重要。」という部分と「各チャネルに対する偏見を捨て、実験はしてみるべき。」という部分で、この二つに関しては常に意識しながら施策を組んでいる。

Hacking Growth グロースハック完全読本

当時「グロースハッカー」とbioに乗せている人たちが多く、この言葉に全くいいイメージがなかった。ハッカーの定義わかってんの???というイキり古参オタクみたいな気持ちが邪魔しており敬遠していたが、jakagawaさんに勧められて読んでみたらかなり良い本だった。リーン・スタートアップの文脈は最初期のプロダクトをリリースするタイミングだけではなく、リリース後の顧客獲得チャネル開発にも応用できるという事を、組織づくりやマインド含めて豊富な事例をもとに解説してくれている。

この本に関してはチームメンバーにも読んでもらっている。読んでもらう事で「事例Aにあったような」というコミュニケーションができフリクションを減らせるという側面もあるが、何よりこのプロセス自体がかなりチーム横断的なので、そのあたりの理解を深める必要があった為だ。また、「計測できるようにする」という部分も重点的に行なった。弊社のマーケティングチームは全員週一回の講義によってSQLを標準装備しており、効果計測可能なテーブル定義設計、広告計測SDK連携、Firebaseへのつなぎ込みも完了している状態で日々実験を繰り返している。

ビッグデータ分析・活用のためのSQLレシピ

これもかなりいい本だった。10年戦えるデータ分析入門もかなりアツい本なのだけど、翌日から利用できるレシピ本というよりもETLやDWHの概念まで含めた上でSQLの基礎基本をキッチリ説明しきるという部分に主眼を置いている気がしている。対してこのレシピ本は、マーケティング側が知りたいシーン別に利用可能なSQL(しかもBigQuery対応)を、業務的な意味あいを含めた上で解説してくれており相当良い。ただし、Window関数やCTEに対する理解は始めから必要なのでその辺は要注意。(残念ながらMySQLには対応していないが8.0からWindow関数使えるみたいなんで多分応用できるのでは)

現在プロダクトが既に存在するのであればそこで日々生み出されている生のデータをまずは見えるようにするべき。そういう分析系SQLを実務ケースに合わせて大量に紹介してくれている。鋭い仮説を立てるにも、基礎的なデータが掘れなければ効率はあがらない。とにかく自分の時間をかければ線形にわかることが増えるので、まずデータを深堀りする際に非常に役立つ本。エンジニア勢もOLTPなSQLには慣れていてもOLAPなSQLには慣れていない人も一定数いると思う。そういう人たちにも是非オススメしたい一冊。

プロダクトについて考える

とにかく一手目は打ち始めることができた。ただ、プロモーションとCRMに注力していると「本当にこのままでいいのか」という思いも去来する。このプロダクトは現在の形が本当に最終形なのだろうか。より良いプロダクトとして存在するためにはどのような機能やコミュニケーションがありえるのか。その機能やコミュニケーションはどうしたら見つける事ができるのか、またはその有用性を検証できるのか。翻ってまだプロダクトが無い/PMF前の時期にも役に立つかもしれない。そういう時におすすめの本3冊。

ジョブ理論

「イノベーションのジレンマ」でおなじみのクレイトン・クリステンセン著。「プロダクトについて考える」というカテゴリに配置したが、この本は「プロダクトを提供しているのではない、ユーザーが意識的/無意識的に抱えているジョブに進捗を与えることにフォーカスするべき」という話を中心に展開されていく。レビットの「マーケティング近視眼」が大企業衰退の理由に焦点を当てていたのに対して、近い観点からイノベーションを起こすためには何が必要なのかを考える道具になる非常に優れた本だと思う。

パンチラインにあふれている本だが、特に「顧客が求めいてる進捗の機能面だけではなく、感情的、社会的側面にも注意を払いながら、その進捗の定義を明らかにしていくべきだよ」「顧客の言う事と行動はズレるから、行動を観察しつつ、そのズレこそが大きな発見の元になることもあるんだよ」「数字は相関関係を示せるけど因果関係を示す事には必ずしもならないので因果関係まで深ぼるのが大事だよ」という部分は今も反芻しながら仕事にあたっている。

UXリサーチの道具箱

ユーザーインタビューの基礎がわかりやすく書かれている。自分はユーザーインタビュー素人だったのでこの本には助けられた。KJ法を使ったインタビュー設計、そしてインタビューからストーリーを紡ぐ具体的なイメージを膨らますのに便利だと思う。少ないが上述したジョブ理論への言及もあり、本家と合わせて読むとインタビュー設計が捗る。

横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力

「枯れた技術の水平思考」で有名な横井軍平が世に送り出したプロダクトの解説、なぜその構造になっているのか、等を時系列にまとめてくれている名著。自分はもともとソフトウェアを書く人間だったので、作る側の人間がその技能を駆使しつつ、使ってくれる人の心理を思い描きながら1つのプロダクトを作っていく、という話にとても感動してしまった。簡易な機構にシンプルな一捻りを加えて世の中が驚くようなプロダクトを作る、そういうのってカッコいいよなーーーと思うとても刺激的な本。

また、最後の章には氏のインタビューがあり、「複雑なものを作るな。簡単に作ってまずは試しなさいよ。」という話が載っている。これは複雑でスマートでカタログスペックが高い事がクール、みたいなコトを考えがちなソフトウェアエンジニアとしての自分に対する戒めとして今もたまにその章だけ読み返している。

マーケティングについて考える

やっとたどり着いた。自分が一番わからなかった領域の本だ。以下の本を読んでみて「マーケティング…それは…具体的には一体なに…」という疑問が少し減った気がする。スタートアップの文脈から入ると、とにかく “Make something people want” と唱えながら走り続ける事になる。そこには圧倒的な正しさが存在するし、特に最初期はそれだけ考えていれば良いというのは一定正しい。Product, Price, Place, Promotionという古典的な括りをすれば、リソースが無い状況の中一番レバレッジが効くのがProductで全てのベースになる要素だからだ。しかし、少し目が出た領域は大手資本がゴリッゴリに資本投下して参入してくる昨今の状況を鑑みるに、知識がある程度体系的にまとまっている領域に対して無知であり続けるのはいささかリスクだと思う。迫真の具体性は現場にしかないが、それを真剣に追い求めてきたのは小さいチームでデジタルプロダクトをやっている人間だけではない。それを認識し、歴史ある領域の中にある転用できる要素を学ぶ事も重要だと思った。また、この辺りの要素を抑えておくと、歴史ある領域側で真剣に仕事に向き合ってきた人たちとスムーズに会話できるということも大きな学びだった。

たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング

スタートアップと外資消費財側のマーケティングが融合した近代の人間が著した本で、これを読んで自分は自分の無知を大いに恥じた。プロダクトアイディア、コミュニケーションアイディア、それぞれに独自性と便益が存在するという整理、N1分析、競合のオーバーラップ分析、ブランディングへの投資の計測方法、それらを統合する9セグマップというシンプルなツール。どこを切り取っても明日から試せる概念が満載だったし、自分はこの本を読んでから上記を一通り試してみている。おそらくN1分析は「ジョブ理論」をベースにしているし、ブランディング投資計測方法は「ブランディングの科学」の内容をベースに構築されている気がするんだけど、筆者の経験や学びを交えてより実践的な形になっていると感じる。

また、巻末の参考図書もかなりボリュームがあり、とりあえずこの本から開始して参考図書を読むというはかなり良い学習プロセスなのではないかと思っている。著者がスタートアップが小さいチームで作るデジタルプロダクトの世界を「パラレルワールド」と表現していたのと同じように、自分にとって消費財のマーケティングというのは全く異次元の世界でまさに「パラレルワールド」で、こういう領域間の融合はマジで面白いなと思った本。

すべては、消費者のために。―P&Gのマーケティングで学んだこと。

たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティングの巻末に載っていた参考図書の中から一つ、ゴリゴリの外資消費財経験談としてとても面白かった本がこれ。西口本を読んでから何本か外資消費財の人たちの本を読んだけどその中で読み物としても面白かったし、何よりファブリーズが新市場を切り開いた話、ウィスパーのドライ感が既存の指標を超えて便益となりえた話等は、存在しないカテゴリを作り上げる/カテゴリ内の市場を席巻していく事を定められたスタートアップも、かなり学ぶべきところが多いと感じた。

自分はデジタルプロダクトしか担当したことがないだけど、配荷率という概念をかなり興味深く読んだと記憶している。消費財の人たちが繰り広げる「棚」を取る競争というのはデジタルメディアの「枠(広告在庫)」を取っていく競争に少し近いものがあり、この辺からも学べる要素はあるなと感じた。

ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11

ブランディングやCRMに対しての選球眼を鍛え、本当に打つべき手はなんなんだろうかを考える良い資料になっていると思う。正直ブランディング系の話に関してはエンピリカルな話が少なく「お気持ち」を情緒的に語る本が多く、個人的には非常に苦手だという認識がある。専業代理店やコンサルを名乗る人が書く本が多いので、インセンティブ構造上そうなんだろうなとは思うが、まぁ苦手だ。特に各種アップル製品に関して、利益がどの顧客セグメントx製品から出ているかの数字出す事なく、パーソナルコンピューターとソフトウェアのスイッチングコストの話をせずに1984の話をされるとうへぇとなる。

この本に関しては少なくとも各種論文に対して適切にレファレンスを貼りながら、疑問に思えば原著を当たれるという構造は担保されており、非常に誠実に数字とブランドという概念に向き合っていると感じておりおすすめできる。が、日本語翻訳されたのが2018年だけど本が出たのは2010年で少し古い。

で、今検索したら2015年にByron Sharpの新刊 How Brands Grow: Including Emerging Markets, Services and Durables, New Brands and Luxury Brands が出てたのでこれを買った。読んで良かったら誰か一緒に翻訳しませんか。

マーケティングの仕事と年収のリアル

マーケティング領域ってどういうキャリアパスがあるんだろうと悩んでいた時に手にとって、とても網羅的にまとまっていた良い本。各フェーズにいる人達にどうやってアピールすれば採用できるんだ、という視点で見るとめちゃくちゃ良い。また、今は募集を取り下げているが、弊社でCMOを募集していた際にCMOって結局どういうことする人なんでしたっけというのが曖昧なまま募集要項を書いていた時期があり、この本を読んで理解が進みとても助かった。

マーケターをタイプ別に分類していた部分も「あぁ確かにそういう括り方あるなぁ」という納得感があり、それぞれのタイプによったコミュニケーション設計を促進させる分類になっていると感じている。このマーケターのカテゴリ分類やキャリアパスに関しては実際の現場で働いた結構肌感覚が無いと言語化するのが難しく、直近5年ソフトウェアを書いてきて肌感覚がほぼ無い自分にとっては、この業界の地図として定期的に読み直したいなと思える本だった。

確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力

前半は森岡さん、後半は今西さんが書いた本。前半はマーケティングのトップを司る長として、巨額の投資を実行していく際に必要な姿勢、USJをV字回復させた際に必要だった数々の施策、通常業務をこなしながら個人単位でも広報を企画しUSJの認知度を上げていくというコミットメント、全部すげぇなぁと思いながら読んだ。動かしている組織規模が大きく且つ文化がある程度出来上がっている状態だと確かにこういう各種所作はめちゃくちゃ大切になるんだろうなという思いがある。

後半の今西さんのアンケート調査、インタビュー調査、どのように定量的にアプローチしていくかの話がメインで、自分たちのフェーズで言うとこっちの方が参考になったと思う。

運用型広告について考える

複数媒体使っているとどれか一つは四半期単位で仕組みがアップデートされ続けており、本が出ても陳腐化の速度が鬼速い上に最近の自動化の流れで運用のレバーがどんどん減っているので難しい領域だな〜と思っている。が、自分の隣で働いているyuta氏は自分で独自の指標を考えてその自動化の傾向をつかもうとしていたりして、これは現場以外でどうやって学んでいけば良いのか、という思いを強くしている(最近Twitterがおなくなりになられましたがみなさんはお元気ですか?)。

いくつかおすすめしてもらった本の中で 新版 リスティング広告 成功の法則 という本はとても良かった。細かいロジックや機能というよりも、「思考方法」への言及が多く、別の領域や仕様への転用をしやすいというのが良いなと思った。

SNSについて考える

これも何冊か読んだんだけど良い本を見つけれていない。本じゃないんだけど、以下のサイトはめちゃくちゃ良かった。自分はこのjigenさんの連載を3回読み直したくらいしかできておらず、この領域誰か助けて。

広報について考える

広報をマーケティングに入れるのはどうなんだという気持ちもある。あるのだが、この領域に関しても恥ずかしながら自分はかなり無知で学びが大きかったし、人々のEvoked Setに入って行くためには「プロダクトと社会との接点」というストーリーが必要という主張には納得感がある。フリマ戦争時、後発ながらも速攻で社会との接点からのストーリーを紡ぐ為にリソースを投下し、「フリマアプリといえば」の第一想起を取ったという逸話はまだ新しい(本当にそうなの?というのは議論可)。

「GRP/CPM/CPV換算で言うとこれくらい」という話に関しては眉に唾をつけて見るべきだけど、社会との接点を探し、物語を紡ぎ、それを適切なチャネルでお伝えしていく事は、特に自分たちの領域はしっかりやっていかないといけないと思う。

【小さな会社】逆襲の広報PR術

最初にこれを読むことで、自分たちのようなフェーズにいる会社における「広報」とそのインパクトに対する理解が増した気がする。もともと「大きい会社がやるもんだろう」という固定観念が何となくあり、この領域について考えるのを避けていた。しかし、決済を扱うという社会との接点が多い企業において、この部分の策を練らずに運営し続けるというのは大きな機会損失だなと思った。

広報・PRの基本

上の本に比べるとスタンダードな、より大きな会社の広報が行う一連のプロセスがまとまっている本。スタンダードな方も知っておいた方が良さそうという感じで読んだが、上記の本と変わらない部分、異なる部分があって面白かった。

欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング

この本を読んで、自分は広報文脈で素晴らしい本だなと感じた。新しい言葉、社会記号が作れられていく過程を事例を挙げ、社会記号とは何か、どのように構築されていくのか、それが社会に対してどのようなインパクトを持っているのかを記述している。おひとりさま、コギャル、できちゃった婚、等、自分たちが何気なく使い始めている言葉が生まれては消えていくサイクルは興味深い。

自分は「社会記号とは、人々の生き方や社会の構造が変化していくときに、世の中の端っこに現れる予兆のようなものです。」というフレーズが好きで、確かにそういう言葉が生まれる背景には新しいトレンドの変化をシャープな単語に落とし込み、多くの人間が、その現象を発見しやすい形にするという傾向というのはあるな〜と感じた。もちろん、その現象の一側面のみを切り取って無理やり記号化する際に取りこぼしてしまう部分が多くある場合もあり、当事者の人たちを傷つけてしまうような行いには注意が必要なんだろうけど、だからこそ社会記号が生まれるプロセスとそのインパクトを知るのは良いことだなと思う。

コーポレートアイデンティティ/プロダクトデザインについて考える

この1年以前に、誰のためのデザインデザインのデザインノンデザイナーズ・デザインブックデザインの骨格はソフトウェア書く人間としてデザイナー陣とコミュニケーションする為に一通り読んではいた(ideyutaに良い本教えて!とお願いしてた時期がある)。読み始めたら面白くなってしまい、特に山中俊治さんの話が好きで、展示会をやる際は結構足を運んでいると思う。

ただ、マーケティングが絡んでくる文脈で言うところのデザインというものに理解が皆無だった。以前よりましだとは思うけど、今もそこまで詳しいわけではない。UberやAirBnBのリブランディングの話を読んでも「でかい会社になるとこういう事をやるメリットもでかそうだな」くらいの感覚しかなかった。日本のスタートアップ界隈でのリブランディング案件を見ても「ほう…」という感想しかない状態で、自分なりの理解というものを持っていなかった為、世の中的にマーケティング文脈を含む、より大きな枠での「デザイン」というものがどういう思考で練り上げられているのかを知りたかった。

コーポレート・アイデンティティ戦略―デザインが企業経営を変える

この本が一番リアルな本だった。特にケンウッドのリブランディングの話の中で、元からあったトリオというブランドの形もケンウッドの中に組み込み、それを感情がついてこないトリオ派社員の為のレトリックだと断じながらも素敵なロゴに落とし込んでいたのが印象的だった。その他にも松屋のリブランディングの中に出てくる網羅的な事前リサーチ、今後百貨店だけでなく商習慣がどのような道に進んで行くのか、その中の立ち位置として松屋はどういう場所にいるべきかという論理展開は、狭義のデザインで閉じること無い人間の思考過程が見れて大変おもしろかった。

また、MAZDAのコーポレートアイデンティティ策定プロセスでは、日本自動車メーカーが車種に置いていたブランドを会社そのものに持ってくる為にはどうしたら良いのか等の話がふんだんに盛り込まれており、自分たちが単一ブランドを提供する会社ではなくなった際にはきっとこの章を開いて見るんだろうなという思いがある。

もちろん、ロゴを精緻化する際の専門技術、色褪せない色の選択背景にある思考、どれをとってもこの領域ってこんなにおもしろい要素がたくさん詰まっているのか!と気づかせてくれた本でもあり、かなりおすすめの本となっている。

ブランドをデザインする!

これもブランディングやリデザイン文脈で読んだ。上記に書いた中西さんの話と比較するとプロダクト単品/プロダクトラインナップレベルでのデザインの話が多い。特に自分も大好きなCOEDOのビールと認識されるギリギリのコードをリサーチで確認した上で、ボトルや缶に配置されることを意識したタイポグラフィ、小売店で商品のポップが付与されることを意識した瓶のデザイン、等細部まで考え抜いている話は面白かった。

塑する思考

COOL MINTガム、おいしい牛乳のリニューアルを手掛けた著者の体験とその体験から紡がれた思考が記されている本。両事例ともに既に存在するブランドエクイティを活かしながら、新たに追加された便益を最大限伝えれる形とは何かを追求していく過程が描かれており非常に刺激的だった。

また、以下の一節にもあるように「広告の世界が言う付加価値」に対する警鐘に関しては、プロダクトを作る側の人間としてとても新鮮だと思ったし、このプロダクトが提供する価値とは何かというのを考える際に、その価値を伝えていく為の策を練る際に心にとどめておこうと思った。

路上で見つけた丸い石ころを持ち帰り、自宅のデスクで書類を押さえておくためのペーパーウエイトにしたとすれば、その石には人の営みにおける価値が生まれたことになりますが、それは、人が石ころに価値を付け加えたのでしょうか。ここに、言葉の危険なマジックが潜んでいます。石は石であり、デスクに置かれても石そのものが何ら変化するわけはないのに、書類が風などで飛ばないように押さえておく必要上、拾って帰った石ころがちょうどいい重石になってくれた。これは、人が石に価値を付け加えたのではなく、自分と石との関係性の中で石がもともと持つ価値を発見したのであって、言うまでもなく、付け加えるのと見出すのとでは、意味がまったく逆です。自分の都合を対象に押し付けたのか。それとも、対象に即して考えることによって用途を引き出したのか。

今自分がいる業界系の本

書くの疲れたので短めに業界系で良かった本をいくつか上げる。金融業界の歴史という意味では アメリカ金融革命の群像 がかなり良い。これは数年前に読んで、何回か繰り返して読んでいる。今は澄ました顔して運営されているいわゆるカードブランドが当初どんだけ突飛で破天荒だったか、マクロ環境がどのような商品性を持ったサービスを生み出してきたのかという部分から、自分たちが大好きなBASE1ことBankAmericard Service Exchange Release 1が構築リリースされる時のお話等、ファン垂涎もののストーリーも載っており、マニアには是非読んでもらいたい。ちょっと前に流行っていたコンテナ物語の金融版といえば、なんとなくイメージ湧く人もいるだろうか。

直近で5年先から見たら「革命」とみなされるような動きに関しては アントフィナンシャル――1匹のアリがつくる新金融エコシステム はとてもよくまとまっていると思う。もちろん、「ちょっとアント寄りすぎの熱血フレーバーマシマシじゃないかなぁ…」という記述もあるんだけど、日本語で読める文献としてはこれ以上にまとまっている資料は今のところ把握できていない(英語でも良いので良い本あったら知りたい)。昨今よく参照される中国の決済系アプリが勃興した背景にどういうマクロ状況があったから、施策Aがハマった、みたいな背景がしっかり記述される形の解説が多い為、現状の日本の状況を見ながら判断する良い情報源になっていると思う。

また、決済という業界は小売りや流通とも切り離せない。これら二つの領域も昨今変化が激しくなっており、そういった意味でも 事例でわかる 新・小売革命 は良い。近代小売の構造を抽象化し、それを各事例に当てはめてその抽象化が機能するか検証する、みたいなスタイルで書かれており、全体通して読んでみるとその抽象化はかなりロバストな気がしている。

まとめ

まだ何も成せていない、プロフェッショナルとしてまだまだ未熟な人間が、会社でゴリゴリに働き、家に帰って風呂に入りながら本を読み、寝る。休日は1日休憩+読書、1日働く。そんなサイクルをひたすら繰り返してきた中で見つけた本を厳選して何冊か紹介した。「本なんて読んでないでユーザーに向き合え」と「体系化された知識くらい3ヶ月で習得しろ」の間を行き来してきた1年だったと思う。

一通り本を読み「マーケティングとは何か」みたいな抽象的な問いへの回答が自分の中に明確あるかと言われれば、やはり今もまだ無い。「持続可能な商売の構築、それを可能にする迫真の具体性を見つける為の知識体系は、昔から真剣に積み上げてきた人たちがいる」くらいの理解は獲得できたと思う。また、マーケティング領域で真剣に仕事に向き合ってきた人たちとの会話プロトコルを獲得できはじめている、くらいの状態には持ってこれた(ここには挙げてないけどレビットが〜とかマクルーハンが〜とかいう話にも浅めだけどリアクションできるようにはなった)。

ただ、再度になるが、結局まだ大きな結果出せていない。自分もチームも「リアルな人の課題を解決する最高のプロダクトを作り届ける」という目標の道半ばだ。倦まず弛まず、目指す先を大きく上回るような仕事ができるように現場でも座学でもより一層精進していきたいと思う。

読み直してみたけどめちゃくちゃ長くなってしまった。これ最後まで読む人いるのか?最後まで読んだ方!!是非オススメの本を @achiku まで教えて下さい!!!また、カンムでは随時マーケティングチームのメンバーを募集しております!!興味ある方は是非お声がけください!

紹介した本/連載のリスト